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ロードバイク好きなら是非読んでほしい「ツール・ド・フランス」

東北大震災があった頃から、体感的に自転車人口が増えた気がします。それに合わせてロードバイクに乗る人を街なかでもよく見るようになりましたね。ロードバイクに青春を注ぐ弱虫ペダルも大人気。今回はそんなロードバイクをかじっているなら少なからず知っているだろうこちらの本のレビューです。もともと自分用にメモした内容を下敷きにしているので、『ポイント』でいくつかわかりづらいところがあるかもしれません。そのあたりは大目に見てもらえると助かります。

タイトル

ツール・ド・フランス/山口和幸/講談社現代新書

僕的な点数

弱虫ペダルでレース中に敵チームを煽ったり一緒に山岳コースをのぼったりするシーンが描かれていて、そんなの嘘だろと思ったら実際、ツール・ド・フランスでもあることに驚愕した。そういうディープで細かな情報が仔細に掲載されているのは有り難い。ただし、若干うんちくめいた話に終始してしまっているので、途中から読むモチベーションが下がってくる。(そこまで自分がロードバイクの話にのめり込んでいないからかもしれない)
74/100

読んだ目的

ツール・ド・フランスの概況。ロードバイク乗りの端くれとして、ツール・ド・フランスの概況を学びたい。

要約

ツール・ド・フランス創成期から最近までの名レースを丁寧に解説している。おかげで著名なレーサーの活躍や歴史をうかがい知ることができた。また弱虫ペダルでよくある「レース中に言葉を交わす」が実際にあることを知って驚いた。ステージレースとは一匹狼では戦い抜けない、知力・コミュニケーション力も必要となる極めて稀なスポーツである。しかもそれがチームメイトのみならず、敵に向けても必要なのだ。

一般化(他のことにも適用できるよう学んだことを一般化する)

敵の敵は味方

ポイント

本文でメモしておきたいと思った箇所を書いています。
※引用と僕の解釈が混じっていますが、今回は引用の量が多いので引用扱いにしています。

・23日間、毎日約200kmを走り続ける過酷なレース、ツール・ド・フランス。「ツール」とは一周の意味で、直訳すれば「フランス一周」となる。5月のジロ・デ・イタリア/7月のツール・ド・フランス/秋のブエルタ・ア・エスパーニャが三大ツールと呼ばれている。これらの2日以上のレースをステージレースと呼び、1日完結レースをワンデーレースと呼ぶ。

・1分間の心拍数が30を切る猛者もいる。つまり、1回に血液を送る量が多いのだ。

・各賞
マイヨジョーヌ:黄色ジャージ。個人総合成績1位が着用できる
マイヨベール:緑ジャージ。ステージの着順などで付与される「ポイント賞」
マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ:赤い水玉ジャージ。山岳賞
マイヨブラン:純白ジャージ。25歳以下に贈られる。新人賞

・ベルナール・イノー:ブルターニュのアナグマの異名を持つ、フランスが誇る伝説のレーサー。ワンデーもステージも関係なく、とことん強く、とことん早い。
全盛期には地元新聞紙からも揶揄っぽい表現をされていた、圧倒的な力を持つ選手。1985年にツール・ド・フランス5勝という金字塔を打ち立てた。

・アメリカからの刺客、レモン。クレールでイノーのアシストを献身的にこなし、85年大会では3位に翌年のマイヨジョーヌを譲るの言葉を信用してレースに臨んだが、
サイコパス的なイノーに騙される。しかし実力は既にレモンが上の状況、タイム差を詰められないようチームメイトとして仲良く走る姿をメディアに見せて、そのまま総合優勝を飾った。しかしその翌年、バカンスでハンティングを楽しんでいる際、友人の散弾銃が胸に直撃してしまう。大半の鉛は摘出することが出来たのだが、どうしても心臓に近い幾つかの鉛は取り出せず、そのまま体内に残ることとなった。鉛は選手の身体を蝕んでいくし、練習ができない部分身体は訛っていく。それでも、数年後に新しい機材を導入してフィニョンから優勝を奪還する。

・集団レースでは同じ団体のゴールであれば最初にテープを切ろうが最後に切ろうがタイムな同じものを与えられる。
1秒でも早くゴールを切ろうとするとゴール前での無駄な鍔迫り合いが起こり、落車のリスクが増大するため。

・能ある鷹は爪を隠す。序盤は格下の選手にレースを引っ張らせ、ここぞというタイミングで溜め込んでおいた力を爆発させ、疾風のごとく抜き去るのがセオリーだ。
それだけ総合1位で走る選手には様々な重圧がのしかかるのだ。

・山岳王エレラ。最盛期にはコロンビアのラジオ放送は聴取率90%を超え、英雄となった。

・アームストロングは元々、自転車に限らずスイムもランもアメリカのトップテンに入るほど運動能力は高く、ドーピングなど使う必要はなかった。
92年にモトローラと契約したアームストロングは、供給されるベルギーのエディ・メルクスの車体を見て「エディー・マークス?なんだそれ」と吐き捨てる。
彼の性格を語る上での逸話となっている。

・山岳スペシャリストのパンターニ。ハンドルバーの下のポジションを握ってダンシングしながら激坂を登る姿は、自転車ファンのみならず多くのスポーツファンを魅了した。チームぐるみのドーピングが発覚したフェスティナ事件で暗いムードが漂うツール・ド・フランスをハッピーなエンディングに変えてくれたのは彼の優勝のおかげだ。コカインの多量摂取により死亡。

・エターナルセカンド、ヤン・ウルリッヒ。落車して体勢を立て直すのを待ってくれたアームストロングへの恩返しとして、2年後のレースで落車したアームストロングを待った。

・インターマックスの創業者、今中はツール・ド・フランス出場経験のあるレーサーだった。

・日本人唯一の表彰状プレーヤー、新城幸也。

ツール・ド・フランス/山口和幸/講談社現代新書


お疲れさまでした、我が家のネコ動画でも見てひと休止入れてください。
今後ともひとつよろしくお願いいたします。

ネコハチ

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